導入の目的
- 生理痛による労働損失を数値化した上で、体験を盛り込むことにより、属人的な問題ではなく「解決すべき組織課題」として全社的な認知を広げる
- 経営層が生理痛を疑似体験することで、女性従業員が抱える昇進への心理的障壁やキャリア断念の背景を正しく理解する
導入の効果
- 社長自らが発信を行うなど、生理休暇や体調不良についてオープンに話せる雰囲気が醸成された
- 「無理をさせる・させない」の二択ではなく、痛みの個人差に寄り添った具体的な設備改善や現場支援の議論が活性化することにつながった
全国に約400店舗のパチンコホールを展開する株式会社ダイナム。同社は2014年から「ダイナムなでしこプロジェクト」を始動させるなど、業界内でもいち早くダイバーシティ&インクルージョンを推進してきました。
しかし、現場の女性従業員たちが直面する「生理痛によるキャリア断念」や「周囲への気兼ね」という目に見えにくい課題の解決には、全社的な意識のアップデートが不可欠でした。この課題を「個人の問題」ではなく「組織の損失」として捉え直すため、同社は全従業員を対象とした大規模な実態調査を実施。生理に伴う労働損失を数値化し、その結果をもとに社長・役員を含む20名が生理痛体験研修に臨みました。
本記事では、人事部の下沢様にインタビューし、データを用いた論理的なアプローチでいかに経営層を巻き込んだのか、そして「体験」を通じて得られた気づきが現場の環境改善やキャリア支援にどのような変化をもたらしているのかについて、お話を伺いました。

【参加者】
株式会社ダイナム 人事部 人事担当 下沢和子様
※本記事は2025年8月時点の情報に基づいています
「なでしこプロジェクト」が起点となった、女性活躍の課題抽出
──ダイナム様の事業内容と、下沢様の普段の業務内容について教えていただけますでしょうか。
下沢様(以下、下沢) 弊社はパチンコホールの運営企業で、全国に400店舗ほど出店しています。5つのテーマ(キャリア形成、ワーク・ライフ・スタイル、女性活躍推進、障がい者雇用、LGBTフレンドリー)でダイバーシティ&インクルージョンを推進しています。
私は現在人事部におり、ダイバーシティ推進担当者として、女性活躍推進、LGBT関連、障がい者支援の3つの業務をメインとしています。生理痛体験研修を行った当時は別の部門でしたが、同様の業務を行っていました。
──現在の社員の皆様の男女比はどれくらいでしょうか?
下沢 現在の正社員における女性の割合は約9%ですが、アルバイトやパートを含めるともっと多くなります。店舗勤務者においては約4割が女性です。
──生理痛体験研修のご導入は2023年10月でした。どういったきっかけでのご導入だったのでしょうか。
下沢 まず、我々が取り組んでいる女性活躍推進の取り組みとして、「ダイナムなでしこプロジェクト」というものがあります。
全国の店舗に女性従業員がおりますが、身近に働く女性の正社員がいなかったり、ロールモデルとなる人がいなかったりするケースがあります。そういった状況で「女性従業員同士のつながりを作りたい」「女性にもキャリアアップを目指してほしい」などの目的で、各店舗等から毎年10名ほどメンバーを選抜し、任期を1年間として通常業務以外の業務経験を積むというプロジェクトです。
キックオフの際には、男性と女性の働き方やキャリアの差異についてデータを交えながら共有し、「皆さんがこれからも長く働き続けるためにはどんな制度があったらいいか」「周囲の環境がどんなものであればいいか」「自分自身はどうありたいか」など、テーマごとにチームに分かれて1年間さまざまなタスクに取り組んでいきます。
その中で、生理に関連するテーマを取り上げるチームがあり、女性の健康に関する直接的な支援を行う前に、まずはヘルスリテラシーを上げていこうという話になりました。そこで、アルバイトの方々も含む全社員を対象にアンケートを取りました。生理(月経)に関する内容で、生理休暇の認知度や実際に制度を利用するかどうか、また、ご自身がどの程度生理痛で苦しんでいるかなどについて聞きました。
その結果を受け、課題について考えると同時に内容を全社員に共有し、認知を広げていかなければならないという流れの一環で、Zoomを使った生理痛に関するセミナーを実施しました。その時は、同じグループ企業である夢コーポレーションの担当者の方と合同開催でした。
──女性のためのプロジェクトが整っているのですね。
社長・役員が「痛み」を共有。成果報告会を生理痛体験の場へ
下沢 ダイナムなでしこプロジェクトにおける1年間のラストは、どんなことに取り組んだのかについて、また最終的に会社に対してどうしてほしいのかという提案までを役員全員に向けて報告する成果報告会となります。
その場にせっかく役員や関連する部門長が出席するので、生理痛に関するセミナーを受けてもらい、さらにその中で生理痛体験も実際にやってもらおうという企画が立ち上がりました。生理痛体験をすることで、より自分ごとのように捉えてもらえるのではないかと考えました。
──参加された方の役職や属性について教えていただけますか。
下沢 参加者は20名で、社長、役員、店舗運営部や人事部の部門長、組合の方などです。また、プロジェクトの7期生と、後輩に当たる8期生が参加しました。
まずは一般的な生理に関する知識について話しまして、その後に、弊社の従業員が「今こんなことに困っている」という実態や困りごとを認知してもらうため、アンケート結果をもとにしたグループディスカッションを実施しました。
──生理痛体験ではどのような反応がありましたか?
下沢 同じ生理痛でも痛みが非常にひどくなる人もいれば、全然感じない人もいるということについて学べたのが、とてもよかったと思っています。お腹じゃなくて別の部分が痛くなる人もいれば、吐き気がする人もいますし、一概に無理して頑張れという話でもなく、全員帰れという話でもありません。その人がどう感じているのか、今実際その人はどう思っているのかをちゃんと理解しないといけないですし、女性でも「自分は楽だから、他の人もきっと大丈夫」というわけではないことをグループワークで話すことができました。

下沢 参加者からは 「こんな状態では働けない」「生理休暇をもっと使った方がいい」という話がありました。社長は、社内向けのブログで生理痛体験研修について取り上げてくださいました。また、全国の各店舗の食堂などに備え付けのモニタで放映する動画ニュースでも映像を流しまして、多くの人に見てもらえたと思っています。生理痛に関する話題が少し会話の中で増えたとも聞きました。
「シフトに迷惑をかけたくない」という葛藤。働きやすさとキャリアの両立へ
──ダイナムなでしこプロジェクトについて、改めてお聞かせください。プロジェクト立ち上げのきっかけはどんなものだったのでしょうか。
下沢 ダイナムなでしこプロジェクトの取り組みは2014年からスタートしました。「女性活躍」という話題が出始め、弊社に女性の部門長が誕生したタイミングでした。その部門長が率いる人材開発部で女性活躍推進を進めていく中で、女性の店長は少ない状況でした。そこで、当時の女性店長職を集めて、後輩へのロールモデルになってもらったり、上のグレードにステップアップしたりするための経験の場として企画されました。
その後、コロナで一時中断しましたが、現在では副店長層に集まっていただいて、自分が課題として感じることを持ち寄り、1年間取り組む場になっています。取り組む内容は自由で、特にキックオフの話を踏襲しなければならないということもありません。現在は9期生のメンバーが活動しています。LGBTの分野に関しても、メンバーの活動の中から発足し、「LGBTに関するアライ(課題の理解者、支援者)を増やそう」「外部相談窓口を作ろう」など、会社に影響を与えられるような取り組みも行っています。
──下沢様がプロジェクトに関わるようになられた経緯を教えていただけますか?
下沢 プロジェクトの発足時、私は店舗の副店長をしていて、3期生として受講する側で初めて関わりました。その翌年に人材開発部へ異動となって、2022年に主管としてプロジェクトを見始めました。
──先ほど、プロジェクトで「アルバイトの方々も含む全社員を対象に、生理をテーマにアンケートを取った」というお話がありました。その発端となった具体的な困りごとは以前からあったのでしょうか?
下沢 当時の上司である部門長が「課題の重要性や影響を社内で効果的に伝えるためには、一般論や感覚的な話に留まらず、数値や金額に換算して提示した方が、どれだけ大変なことか理解しやすいと思う」と言っていまして、プレゼンティーズム(欠勤には至っていないものの、何らかの健康問題によってパフォーマンスや生産性が低下している状態)の話として、労働損失についてまず数字で試算し、実態調査としてアンケートを実施しました。アンケートは業務指示として提出を依頼し、全社員が協力的に回答してくれました。
──そのような土壌がもともと社内にある状態なのですね。
下沢 上場企業として、ダイバーシティや女性活躍の取り組みについては重きを置いています。
──下沢様が「今後やっていきたい」と考えていることについてお教えいただけますか?
下沢 制度や規程をすぐに変えるのは難しいことではありますが、今でも生理休暇について「存在を知ってはいても取得しにくい」という声は上がってきているので、働きやすくなる取り組みにも関わっていきたいと思っています。
また、女性の活躍という観点では、働きやすさだけではなく、キャリアアップの話題もあります。店舗運営の課題でもあるのですが、女性の場合、生理痛の症状がつらく、「朝お腹が痛くて店を開けることができない」ということから、副店長への昇進試験を受けない選択をされる方がいます。
また、アンケート結果にも出ていたのですが、「店のシフトに迷惑をかけたくない」という声もかなり多いです。人件費を削りながら頑張ってもらっている中で、すぐに人数を補充できるという状況でもないので、どうやっていけばいいか難しいところですね。
制度の変化から環境の変化まで。常にアップデートし続けるダイナムのダイバーシティ&インクルージョン
──女性が多い職場という環境からか、「女性活躍」について長く工夫されているようにお見受けしました。
下沢 ダイナムなでしこプロジェクトの発足以前には、新卒入社した女性がすぐに離職してしまうことを防止するために、先輩がフォローする体制を取る「シスターズ制」というものがありました。今では「メンター制度」となり、最近では採用段階で伴走する採用担当者がそのまま1年間メンターとしてついています。
ダイナムなでしこプロジェクトが始まってからは、ロールモデルとなるような人をアサインした座談会の実施、ハイグレードの人たちの履歴書のモデル化と配布・公開などを行ってきました。研修や制度の改善、在宅勤務の検討、人事手続きなど社内での取り組み以外にも、他社さまとの合同勉強会を行って事例を集めるなどもしています。いろいろなところに手を伸ばしながら、その時々のメンバーがやりたいことを実現していった感じですね。
──社会的な課題にずっと取り組まれているのですね。
下沢 だから逆に、新しく何をするかのアイデアを出すのが大変になってきていますね。今は、女性社員同士のネットワークを作れないか、という話をしています。

ダイナムの下沢様、お忙しい中お話をいただきありがとうございました。